墓の中

やりたいことはやりたくないことをやらないこと

或阿呆の一興

 

「全力ごっこ?」

「そう。全力ごっこ。あなた、全力を羨ましいと思ってるでしょ」

「きっと全力は気持ちがいいからね」

「でも、全力で生きるのは疲れるから全力ごっこで誤魔化すと」

「疲れる、というのは少し違うかな。なんていうんだろう、単にやり切るだけの意地がきっとないんだぼくには」

「……?」

「耐え抜くほど強い想いがないっていうのかな」

「あっそ、要は飽き性なのね」

「そんな感じ、だから全力を羨ましいと思うのはきっとそれが自分に出来ないことだから」

「きっと、きっと、ってうるさいわね。他人事じゃないのよ」

「分からん」

「は?」

「勝手に動いているような気がするんだ、意味も分からず。自分の気持ちが分からん」

「アホみたい」

「本当の自分は瞳の裏にいるんだ、なんか勝手に動いている自分の身体を瞳を通じて眺めている」

「嘘ついちゃダメよ」

「まぁたしかに言い過ぎかもしれないけど。純粋な気持ちがどこにあるのか分からないのはホントだ」

「純粋な、って?」

「根本的な思考原理、行動原理。例えば、なんでもいいんだ。笑ってるとき、笑いたいから笑ってるのか、それとも笑ってその場を和ませたいから笑ってるのか、笑えば楽しくなるだろうと思ったから笑ってるのか、とか。本を読んでるとき、その本を読みたいから読んでるのか、その本を読み切ったあとに得られる達成感のために読んでるのか、単に知識の蓄積のために読んでるのか、読書家を演出して自分のアイデンティティを保つために読んでるのか、とか。そういうの、分からない」

「めんどくさ」

懐疑主義やりすぎて、自分のこと、あんまり信じられなくて、あと見つめなおすのがすこし怖くなった」

「だから普段は行為の直前に構えている意思以外はよく分からないし、自分の真意を知るのが怖い」

「そうかな、多分そう」

「平和ね、頭の中お花畑みたい」

「呑気に生きてるからね……いやこれは違うな、呑気に生きたいと思っているからね……これも違うか、呑気に生きたいというモットーが今の自分のキャラに一番似合うから」

「平和な世の中に生きて、衣食住にも不安はなく、未来も一応(一応と言っておくわね、一応)真っ暗ではないから、そんなこと考える余裕が生まれちゃうのよ。剣呑な世界に生を享けてごらんなさい、あなたもうそれどころではないわよ」

「それ言われると、もう何も言えない、ぼくは自分が恵まれていることを、こんな表現をして許されるかはともかくとして、恵まれてしまったことを知っているから」

「本当に幸せな人ね、あなた、幸せすぎて、幸せを感じなくなっちゃったんじゃないの」

「だから君も言ってたじゃないか」

「?」

「頭の中お花畑だって」

 

───────────────

 

「生きている人がいるなぁ」

「とつぜん何よ」

「ぼくはここにいてたしかに生きているんだけど、ぼく以外に人が生きていることに対する感想」

「事実の反復ね」

「ぼくは、ぼくを他人とは違って唯一無二の存在だと思っている、存在的な意味ではなく存在論的な意味で」

「変な用語使わないでよ、『自分という存在は自分にとってこの自分だけだ』ってこと?」

「そう、でも他人にとってみれば、今度はぼくが他人なんだ」

「それがどうしたのよ」

「怖い」

「は?」

「ぼくが他人にとっての他人として存在することが、怖い」

「はぁ」

「これはすごく直感的な感情なんだ、説明できない」

「さいですか」

「なんでもいいんだけど、現実でもフィクションでも人が死ぬのを見るといつも、あれ、この人死んだけど、なんで物事はあいも変わらず続いているんだろう?と不思議に思ってしまう、あの感覚と似てる」

「主観的意識の偏在による諸問題」

「ひとことに要約されたけど、まぁでもそういうことなのかな」

「そんなことで不思議に思ったり怖くなったり考えこんだり、ほんとに気楽ね」

「だから、たまにぼんやりしているとき、人を見ると、その人固有の人生があって、始まりがあって終わりがあることに驚く、逆に自分のこの意識が自分固有のものであることに、そしてそれでしかないことに驚く」

「なんか変な哲学にかぶれてない?」

「そうかもしれない」

「あなたって、自分、というよりも『自分』という存在形式が好きなのね」

「うん」

「ところで、『あなた』って誰?」

「ぼくはぼくだけど、そういえば君こそ誰なんだ」

「私?私は妖精よ。要請を受けて参上したの」

「誰の?」

「さぁ」

 

───────────────

 

「長い夢を見ているんだ」

「また始まった」

「自分の人生が物語的なんだという夢」

「誰もがその人生の主人公よ」

「それはある意味正しくて、だいたい嘘っぱちだ」

「はいはい、で?」

「この夢からどうしても醒められないんだ」

「なら目覚ましがてら言ってあげる、あなたの人生は現実でしかないし、物語にはなりえないわ。あなたがどれだけ自分の人生を美麗に演出して再構築しようとしても、それはあなたが創り上げたおとぎ話であって、人生そのものではない。だいいち、人生の物語化を目指すにしても、あなた意気地なしじゃない、そんな人生は、クソ主人公のクソシナリオのクソみたいなクソよ。クソを目指そうにしてもクソになりきれない中途半端なクソだから、それこそ究極のクソね」

「ひどいなぁ」

「また他人事みたいに思ってるでしょ」

「え?」

「あなた、自分のことをまるで他人事のように思うことで自分の心を護ってるんじゃない?だから私に何を言われても大したダメージにはならない」

「うーん、まぁたしかに」

「そうやってすぐ肯定する、今だって他人事のように思ってるから、すぐ折れたふりをして他人の意見を聞き流すのよ」

「うるさいなぁ、ぼくだってその悪癖にはずっと悩まされているんだ、でも自分で自分自身の性質をいくら指摘しても、卑屈になるだけで何にも変わらない」

「ほら、自分で前もって自分の悪い点を認識しておけば、他人にそれを指摘されても『ぼくはあなたに言われる前から気付いてました~ヘラヘラ』でダメージ軽減ってわけ?」

「もうやめてくれ」

「まぁ、私が何を言ったところで、あなたが傷つかないことを私は知ってるけど」

「……?」

「私はあなただから」

「……」

「私はあなたよ」

「あぁ、それで、ぼくは君か」

「そうね」

「これも人生の物語化の一環なのかな」

「少しは心が満たされたのかしら」

「相当気持ちが良いはずだよ、自分の本心を他人に言わせるのは」

「本当にアホね」

「ああ、アホだね」

 

アホだ。