墓の中

穴は真珠貝 標に星の破片 傍には百年の待ち人

平均台を歩む

お浪は女心の、訳もなく空怖ろしい気がして、暫くは思わずその眼を閉じたけれど、しかし胸の中には忽ち堪えがたき憂愁の念が、簇々として叢り湧いて来た。この憂き悩みは真にお浪が身体の奥底から起って来たものといわねばなるまい。これまで、お浪は自分が暮して来た人生という事に対しては、決して何らの不思議も恐怖も抱いた事はなかったのだ。しかし今この無窮なる空の有様を打仰ぎながら、なおも心の中に動いている長い過去の生活に接触すると、つくづく広い天地の間に、身一の心細さを感ずると同時に、今日が日まで唯だ幻のように送って来た生活の夢から全く目が覚めたような心持がするのである。世に立つべき力なく思慮というものなき女の身一ツで、能く今日が日まで両親と娘に対して、重い責任を背負って来る事が出来たものだ。殆ど夢が夢中で何かしら自分の尽すべきだけの事を尽していたなら、やがて知らず知らず人間最後の大い幸福の目的に達し得られるように思っていたが、吁、この世の中は決してそういうものではなかったろう。お浪はこのまま眠るように寧そ死んでしまえば可いとまで思い込んだ。

永井荷風『夢の女』

 

 

明治を生きる一人のひたむきな女性・お浪は、自身の怠惰ではなく、親のため、妹のため、娘のため、周囲の環境に躍らされた結果、落ちぶれてゆく。現実のしがらみに囚われてどこまでも堕ちてゆく。永井荷風の『夢の女』は、まったく救いようのない物語である。その姿は、岩波文庫版巻末の解説にもあるように、ゾラの『居酒屋』に感化され作り上げた像だろう。

上の引用は、終盤に、お浪にとってこれまで深く顧みず夢のように感じられていた生活が、現実という重みを持っていることに気付き、耐えがたい感情の嵐に襲われる場面である。純粋な孝行者であるがゆえに、自分本位の生き方を最後までし得なかったお浪が、自分の人生という現実に迫られながらも、必死に目を背けようとする姿は、どこか現代を生きる読者の人生にも似たようなものを想起させ、胸を打つ。

しかし、なぜ彼はここまで露骨に不幸な物語を彼は描いたのだろうか。ということについて、考えたところ、あるいは知識の寄せ集めを若干量記録しておく。

 

小説においてどのような世界を描くべきか、という問題は難しい。現代は多様性が許される世界になってしまったがゆえの難しさがある一方、永井荷風の生きた時代は五里霧中を自力で探り出してゆかなければならない難しさがあったのだろう。「小説」の枠組みを決める唯一の手掛かりは西欧より伝わる外国文学であった。もちろん過去に遡れば源氏物語を初めとして日本にもいくつもの秀でた文学作品があったはずだが、欧化熱に浮かされた明治初期という時流が覆い隠してしまったのだと推し量る。

「小説」を書こう、と思い立ったときに、第一に─むしろ、その前提として─現実の世界と何かしらの形で向き合う必要があると考えるのは自然な成り行きである。とりあえず何か世界を想像し創造しようと思ったならば、我々の知らないような世界、ファンタジーやSFのようなものよりも、まずは我々のふだん見聞きしている世界を出発点にしようとするに違いない。

(集団と独立した個人という意識の目覚め、という近代精神が、この「自分の見ている世界」を出発点にした思考を裏付けることになった、とも言えそうだが、正直僕には分かりかねる。思考と精神のどちらが先に存在したかなど、鶏と卵の話と同様に、当時を生きる人間でさえも判然と分かるものではないだろう。)

しかし、その現実の世界と小説の世界をどのように関係づければよいのだろうか。大きく分けて二つ考えられる。一つ目の態度。小説という架空の世界は一貫的な因果の中で完結した世界であり、現実世界とは一線を画すべきである。二つ目の態度。小説の世界は架空といえども、既に現前してしまっているこの現実世界に則るべきである。

前者は浪漫主義や反自然主義といった思想に、後者は写実主義自然主義といった思想によく馴染むが、おそらく「小説」黎明期を生きた文豪たちは、この根本的な態度の決定にまず頭を悩ませたのではなかろうか。自然主義自然主義という対概念の存在からも、その思想上の対立が窺える。

自然主義は、美化された世界という空想を一切捨てて、小説の軸として「現実をありのまま描く」ことをおいた。きっと、発展途上の資本主義によって引き起こされた経済的貧窮など、近代社会の孕んでいる矛盾を直視せずに綺麗な観念で覆い隠してしまうような、世界の改ざんとも言うべき文学作品に対する反感が、その主義を助長したのだと考える。だから、彼らにとって現実とは醜いものであり、「現実をありのまま(≒醜く)描く」ことで、小説を通じて読者に現実世界を眺めさせることも、目的の一つとしてあったのだろう。

鷗外が自然主義の父とも言えるゾラを「没理想」と評価したように、自然主義に対する議論は賛あり否あり、盛んだったようだ。以前の記事にも書いた通り、この自然主義という代物はただの露悪趣味に終始する可能性があり、小説そのものを安直下劣な文化へと腐敗させてしまう危険すらある。実際に、ゾラの『居酒屋』も永井荷風の『夢の女』も、「人生が上向いたと思った数瞬後に再び転がり落ちる、という世知辛い浮き沈みを何度か繰り返した後、最終的にどん底に陥る」というプロットでは共通しており、自然主義文学と呼ばれるものにこれ以上の広がりがあるのだろうか、と感じてしまったことは否めない。(もちろん、小説はプロットだけが全てではないし、ゾラにはその重厚な歴史の積み重ねが、永井荷風には過酷な現実から実のこもった儚さを抉り出すだけの抒情性が、それぞれ誇るべき特徴として兼ね備えられている。しかし、自然主義の型を則っただけで程度は低いものが量産されてしまう未来が、僕にはうっすらと見えた。)

だからといって、綺麗なものばかり書いても、逆に後ろ盾のない軽薄な感じがしてしまう。さてどうしようか、ということで一つ思いつくのは、世界と自己の切り離しである。現実世界は美しいものばかりではない、それはまぁおそらくその通りだしいいでしょう。しかし、それに対し、悲哀の情ばかり誇張するのはアンフェアではなかろうか。人間に与えられたのはそればかりではなく、喜怒哀楽をはじめとして多くの方向性を持った感情と、それらを客観的に総合するだけの思考力がある。我々は小説の世界と現実の世界がどうのこうの議論するよりも、見られる世界と見る自己の関係こそ描くべきではないのだろうか。……と思い立った人物こそ、漱石や鷗外だったというのが、文学史に対する僕の理解である。

この「社会の出来事と個人の観念を峻別する」という到達点は、今や我々にとってありふれた出発点の一つに過ぎないかもしれないが、よくよく考えてみると、ふだん生きている中で事象と感情は密接に繋がっており、「悲しいことが起きた」を「あることが起きて、わたし(あなた/彼/彼女)は悲しい」と主語を含ませた上で読み替えるのは決して当たり前のことではないような心持もする。

ただし、世界を生きる個人が重要視されてきたからといって、やはり小説の世界と現実の世界を互いにどう位置付けるかという問題は未解決であったことを忘れてはならない。この、小説世界と現実世界の位置関係をどう捉えるかという問題は日本近代小説の起源から問われているほどに根深いということは、現代を生きるわたしたちも意識しておく必要があるだろう。

 

この文章を書いていると、ふと『宇宙よりも遠い場所』最終話(=第13話)についてのオタク達との議論を思い出した。論点の一つを端的に言えば、「あの最終話は本当に(一話分として)必要だったかどうか」ということである。僕は「第12話こそ最終話であり、第13話は後日譚としても蛇足気味である」という不要論を支持したが、その根底には、第13話で全ての事柄がことごとく上手く落ち着いてゆくことに対する違和感のようなものがあった。あれはつまり、美化されすぎた作品内世界に対する不信感から生まれた感覚だったのだろう。それは流石に歪みすぎ、と言われたが、僕も若干そう思う。作品の良し悪しと自分の好き嫌いを区別するのは時に難しい。

この辺は「物語としての完全性」と「作品としての完全性」の差、というまた別の(言うほど別ではないが)話題に結びつくので、今回は深入りしない。しかし、美化しすぎてもダメ、残酷すぎてもダメ、作品内世界と現実世界のバランスというのはいつの世も不安定で、多種多様の毀誉褒貶を生み出す巨大な源泉であるということをよく示す一例だと感じた。