墓の中

穴は真珠貝 標に星の破片 傍には百年の待ち人

あるオタクの進展告白

今晩、というかつい数時間前、十年ぶりに生家を訪れてきた。

生家、というのは少し誇張かもしれないが、僕が物心ついたときには既に暮らしていた場所で、十年前に今の実家に引っ越すまで長らく住んでいた場所で、そしてきちんと家族の一員として生きていた思い出のある唯一の場所だった。そこに住んでいた頃は、最寄り駅(A駅)と家を果てとして、それらを結ぶバス路線の周辺が僕にとっては世界の全てだった。今思えば、いわゆるベッドタウンと呼ばれる郊外の住宅地で、都会とも田舎とも言えぬ中途半端な地域だったが、僕の生活は退屈ではなく充実していた記憶がある。

生家を訪れることになったきっかけを強いてあげるなら、A駅に降り立ってしまったことが原因である。さらに因果の階段を昇っていくと、そもそもA駅に降り立ったのはA駅の近くにある映画館で映画を見ようとしたから、となる。(この映画が何かについては、もう良いだろう。あまりタイトルを口に出すのも恥ずかしいし畏れ多い。ユダヤ教では神の名を呼ぶことを避けるというが、それと似たような感覚である。)

 

19時頃開演だった(なんと平日休日によらず1日1回のみの上映!やっぱりエセ都会は何も分かっちゃいない)ので、21時頃に映画を見終わった僕は、いつも通りボケーーーーーーーッとA駅の周りを徘徊していた。なんか駅周辺もメッチャ変わってしまったなぁ、再開発っていうんだっけこういうの、昔はボロいバスターミナルしかなかったのに今はこんな立派なモール建ってるもんねぇ、うわあのパチンコ屋まだ残ってる、とか思いながら。なんかあそこに地図があると思い傍に寄って見てみるとそれはバスターミナルの案内図だった。昔はここからどんなバスに乗ってたんだっけと見覚えのある行先を探す。「Aえきからおうちまでかえってくるのは、〇〇いきか□□いきのバスだからね、それいがいのバスはのっちゃダメだよ」子供の頃に何度も聞かされた母親の言葉を思い出す。うーん、2番乗り場か3番乗り場か。情報を把握し、視線をバスターミナルに戻し、案内図と現実世界の空間を一対一対応させる。

 

ん、3番乗り場にバスあるじゃん。

 

気付いたときには階段を駆け下りてバスに乗っていた。毎度毎度お決まりのように発生する衝動は本当にアホみたいな話で、実際アホなのだが、アホの子である僕はやはりどこかワクワクしていた。僕は多分、久々に生家を訪れる自分と、ラストシーンでエリアルの生家を訪れるマキアを重ね合わせて物語世界と再び触れ合おうとしていた。アホ丸出し。でも、アホはアホなりに馴応していくもので、僕は冷静さを完全には失っていなかった。所詮現実は現実だよ、どうせ期待しても落ち込むだけだよと抑え込む自分がいて、そのおかげか浮かれずに淡々と車窓の外を眺めていた。

バスの中は帰路に就くサラリーマンが沢山いた。昔はバスに乗っているとき、どこか周囲から責められているような気がして常に圧迫感を感じていたが、今ではサラリーマンと僕は同じで互いに無関心であることを知っている。みんな一人ぼっちなら怖くない。みんな一人ぼっちだから怖くない。

見覚えのあるような、忘れたような景色を横目に、聞き覚えのあるような、忘れたようなバス停の名前をいくつか通過し、生家の最寄のバス停より2,3個前のところで降りる。(本当はあまり覚えていなかったから、直感でここらへんが2,3個前じゃないかと思って降りた。)

なんで最寄のバス停で降りなかったか、は僕の嗜好で説明が付けられる。クライマックスは突然起きてもクライマックスたり得ない、お膳立てがあって少しずつ緊張を高めていくからこそクライマックスになるのだ……というわけであって、もっとベタに言えば僕は美味しいものは最後までとっておくタイプの人間だった。そのせいで、期待を膨らませすぎて自爆するんだけど。

 

バス停に降りる。暗い。意外と暗い。は?田舎じゃん、ここ。モノホンの田舎出身の人が見れば「モノホンの田舎というのは云々」と説教しだすレベルではあるが、都会色にベッチョリ染まってしまった僕にとってみれば、随分と田舎だった。

歩きながら、記憶と現実を擦り合わせていく。ここ図書館で市民会館、こっちは他の地区では名前も聞かない零細塾とその上にマンション。ああ、変わってない。何も変わってないよ。変わったように見えるのは、僕の感覚が変わっただけで、実物は何一つ変わってない。そこがここらで二番目に大きいB公園だよね。数少ない友人とSASUKEごっこして遊んだ記憶があるもん。すごいんだ。まぁどうせ小学生の頃の記憶だから本当はすごくないのかもしれない。

そう半分白けながらB公園に入ると、意外とすごい。夜中だったからかもしれないけど、水路があって小屋もどきがあって道がいくつもあって大きな広場があって、「すごい」公園だった。公園全体が斜面に存在しているから、公園を歩きながら坂を登っていくことになる。坂を登り切ると、突然天井が木ではなく空になった。上を見上げると、そこには夜空と、

 

桜……?

 

確かにそれはポツンと一本真ん中に立っていた桜の木だったが、僕は一瞬違和感を覚えてしまった。僕は春になったら桜をよく見るが、それは僕が普段住んでいるところでは桜が咲くからであって、こんな郊外にまで咲くということをなぜか信じることが出来なかった。記憶の中の公園は桜が咲いていなかったから、現実との擦り合わせに齟齬が生じていた。

バグってどこにでも存在するもんだなと変なところで感心しながら公園を出ると小学校の近くに出る。かつてあれほど高く聳えていた校門は全然小さかった。

小学校までくればすぐそこに生家が見えてくる。ここまでは最後の一瞬のためのお膳立て。緊張や期待や不安をわざと高める、即席のツアー行程によって、僕の胸の鼓動は過去の痛い目により蓄積された理性ではもはや抑えきれず、無責任に高鳴っていた。無理だと分かってるけどそれでも一縷の望みにかけながら横断歩道を渡り、団地の区画に踏み入れる。懐かしい路地の狭さ。抜け道を勝手に発見しては興奮していた。謎に草木の多い広場。夏はセミ採りを、冬は雪合戦をした。入り組んだ建物。鬼ごっこだけではなく、かくれんぼだって楽しめた。あのときの世界の中心はここにあった。心が張り裂けそうになる。

そうして、暗い路地を通り抜け、かつての生家、1番棟の103号室を見つける。

 

部屋は電気が点いていた。風呂場からは湯気が出ていた。声は聞こえなかったけど、そこで誰かが生活していた。特に代わり映えのないありふれた集合住宅の一画。何か神聖なものを欠片も感じることのない、ただの暮らし。

その瞬間、僕はあーあと思った。本当にあーあだった。マキアやエリアルと触れ合うどころか、そこはもう僕の生家ではなく、誰か別の人間の住所だった。前提から覆された気分。でも、その「あーあ」はいつものような、期待を裏切られた絶望や救いようのない悲しみではなく、むしろ諦めと少しの希望だった。

僕が生まれ育った思い出の場所はもう知らない誰かの手に渡っていて、そこで彼らは生活を営む。そして彼らもいつかその場所を手放してまた知らない誰かに売り渡していく。なんかすごいしっくりきた(しっくりきたのも当たり前で、件の作品にそれに似たメッセージが込められているからなのだが)。これが時の経過ってやつかーとかそんな軽い感じで少しニヤついてしまった。なんかそれまで感じていた期待とか抱えていた不安とか永続する美のイデアのようなものがそのときはどうでもよくなってしまった。

あーあ、帰ろ帰ろ。僕はもう生家を見ることもないだろうと歩き出す。次のバスまであと20分。それまで短いけど”普通の”、時刻的には少し遅めの、故郷巡りでもしようと歩き出す。バス停に電光掲示板が立てられていて近代化に驚いたり。他の地区では名前も聞かない零細レストランがいまだに営業を続けていてこんなのが生き残るくらいには田舎だなぁと苦笑いしたり。ボロすぎる立体駐車場がまだ機能していて心配になったり。結局アホのアホによるアホのための弾丸旅行は1時間ちょっとで終わりを迎えた。

 

思えば、僕はこの1か月近く、変化や成長や訣別ということについて、自分の心を傷めつける(それは幾分わざとだったかもしれない)ほどになぜか思い悩んでいた。自分が変わるということは関係性や物事の見方が変わるということで、それはつまり世界が変わるということだったから、それなりに深刻な問題だった。歪な論理で自分のことを守ろうともしたが、それで守れたのは頭だけで心の方は逆に手薄になっていった。頭では分かっていても心の方が追い付いてこないというのはこういうことなのかと痛感した。感情がバグって、自己犠牲こそ美だと考え、寝る暇を惜しんで勉学や雑用に励んでは、突然無気力になって一日中寝ていたり、またその反動で強迫的に活動していた。

そんなこんなで悶々としていた頭でっかちの僕は、今回の生家騒動(衝動?)で、もう少し適当に生きようと思った。(何かに思い悩むたびに毎回同じ結論に逃げてそのたびに一段階ずつ適当になっていく。)僕は心のどこかで吹っ切れるきっかけを待ち望んでいて、コツコツと貯めていた吹っ切れポイントが今回やっと閾値に達したという方が正確なのかもしれない。この記事も、"宣言"によって吹っ切れを維持させるための装置なのだろう。

周囲の人間も環境も必ず少しずつ変わっていくし、その分自分も少しずつ変わっていくはずだと無根拠に信じて生きようと思った。ただそれを義務として捉えると途端に心が辛くなるので、自分に出来ることをやればよいと半ば甘えた精神で実践する。こんなことは世間では当たり前のことかもしれないが、僕はここに辿り着くまで随分と時間がかかったし、多分これからも自己批判の波に飲まれて勝手に潰れてまた開き直るのだと思う。いつか人並みに適当になる日まで。

別れと出会いの季節に、別れとようやく出会うことが出来た……というのは少し出来すぎていて偽物っぽく感じるので、凡庸な性格を持つ僕は凡庸な物言いで(前二つの記事も含めて、長々とした自分語りを申し訳なく思いつつ)締めておく。

 

ひー。これからもがんばろう。