読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

墓の中

発言の無矛盾を目指します

年の瀬が浅瀬でありますように

思えば早いもので、思わなくとも早いもので、2016年も残すは一週間となってしまった。

僕にとってどうやらクリスマスイブとは愛人や家族との絆を再確認するイベントではなく、今年の短さを再確認するイベントでしかないらしい。

12月は色々とゴタゴタしていたので更新が滞っていたが、ようやく一息ついたので軽く冬コミの宣伝記事を書こうと思う。

 

来たる12/31(土)、C91の三日目に、東N31aにて東京大学性欲研究会の会誌第六号を頒布する。一冊モノクロ52Pで400円。確かユネスコ的には50p以上が本として認められるので、これは本。

僕も記事を一つ書いたので、それについて簡略にダイジェスト的要約で概論をあらまし纏めておく。つまり、大意であるあらすじを端的に総括する。

 

今回のタイトルは「春画に見るフェティシズム」である。正確に言えば「春画を通して見る現代のフェティシズム」となる。

全体としては3章構造になっている。

1章では、春画を包含する集合である日本文化の「過剰な装飾性」という特徴について、僅かな例を示しながら概説していく。この特徴が「隠し」の技術という形で春画にも見られるという論理で次の章に進む。

2章では、春画の歴史に沿いながら、春画の鑑賞をしながら、「隠し」の技術の発展と衰退を見ていく。本稿の中では一番読む価値があると思う。というのは、この章の内容は春画についての文献を参考に、今回必要な部分を纏め直しただけなので、最も信用できる内容だからである。

3章は、僕自身の考察であり、2章で見てきた「隠し」の技術を下地にして、メインテーマであるフェティシズムについて触れていく。考察というよりも一つの仮説の提示と言った方が適切だろう。僕の心の中ではかなり確信があるのだが、正直他の人がどのような印象を持つか予想が出来ない。セカンドオピニオンを待ちたい。

あとがきの4章はノベルゲームのハッピーエンド論を今回の内容と絡めて適当(≠適切)に書いた。おまけ。

 

図も含めて全部で10頁ちょっと。文字数としては1万字ちょっと。

あと第一号から第五号までを纏めた総集編も頒布する。こちらは176pで1000円。コンパクトなB5サイズ。

 

以上、宣伝でした。

また(僕の主観的に)近いうちに(僕の主観的に)中身のある記事で更新します。