墓の中

やりたいことはやりたくないことをやらないこと

走馬燈

モノ自体に意味はない、と言い訳してモノを捨てる。わざと粗雑にゴミ袋へ放り込まれたモノは燃えるゴミとなって二度と戻らない。ぼくは呪文のように言い訳を繰り返す。モノ自体に意味がなくとも、モノは思い出を、歴史を、その意味を呼び起こす縁になるということを、観念が言葉となり結ぶ前に意識から排除して、ゴミ袋の口をグッと縛りこむ。

 

年度末。引っ越し業者に荷物を押し付け、部屋を引き払う季節。断捨離しないわけにはいかない程度の物的状況を目の当たりにする時期。

はじめはためらっていた分別も、荷物搬出という刻限が焦燥感を生み、焦燥感が心の余裕を奪い、思い出や意味と深く戯れることは禁じられ、楽な方へと、つまりゴミを増やし荷物を減らす方へと、次第に洗練され極端になっていった。

 

机の収納にいつかの日記帳を見つけた。自分の日記を見るのは恥ずかしい。当人だからこそ、なおさら恥ずかしい。しかし、自分は日記を書くタイプの人間でないと自ら定義づけていたから、この日記はぼくを大変おどろかせた。(ぼくはその存在さえもおぼえていなかった。)開いてみると三日坊主かと思いきや、数週間くらい続いていた。

事実の羅列。それについて感じ考えたこと。さらにそれに対する自己批判。あとは、あれば明日への展望。形式ばっていてとてもつまらない。こういうのは人間性があらわれる。よく物語に出てくる「日記」のようなものは、ぼくには無理だったようだ。けっきょく日記することではなく自分の人生や考え方がつまらなくなって、止めたような気がする。数年後の自分が読んでそう思ったから、きっとそうに違いない。

パラパラとめくり、最後の頁には「友人と遊んで楽しかった」という旨の文章が書いてあった。誰かに見せるためではなく、誰にも見せないために書かれた(結果的に未来のぼくによって明かされてしまったけれど)ものが、これほど欺瞞なき純粋さに満ちていて恥ずかしいものだと思わなかった。そのあとに続けて、「しかし、〇〇と会ったが挨拶できずにスルーしてしまった。やはり人間関係はむずかしい。」などと書いてきちんと自己批判(?)で締めていたのは、いつまで経ってもいつも通りだ。

たった数週間だけの日記は、たった数週間だけだからという理由で、それ自体に意味なきモノとして、捨てられた。

 

台所の物置からは袋に小分けされた米が見つかった。はじめて家を出て一人暮らしするときに、母が持たせた数百グラムの米。色は若干黒くなっていた。炊飯器は買わなかったから、電子レンジでも炊ける炊飯キットも持たされた。これでいつでも白いご飯が食べられるね、と言っていただろうか。いや、これは記憶の美化、あるいは改ざんかもしれない。どちらにしろ、米が炊飯キットで炊かれる事も、炊飯キットが米を炊く事もなかった。

古米で検索して、消費期限を調べる。もしかすると、この米粒は食べられるのではないか、と信じるために。しかし、必死に検索するうちに、モノでごった返しの部屋を見ると、これらを捨てるかどうか、食べるかどうか、食べるにしても今か未来かを考えること、全てがしんどくなって、モノ自体に意味はない、という呪文に逃げた。

贈り物を捨てる行為は、元から自分の所有物を捨てる行為よりも、そこに善意や思いやりが足される分だけ、はるかに太くするどい棘を心に残す。それからは、これまで堪えていた箍が外れて、いくつもの貰い物を捨てた。捨てれば捨てる分だけ、モノは減って、表面上の心は癒された。

 

使わなくなった鞄の中に死んだ祖父からの手紙があった。妻を亡くし僻地で片翼の老鳥となった彼に激励の目的で孫は手紙を書き、その返事が再びこの手のもとにあらわれたらしい。手紙を書いた時期から自分の性格を逆算するに、往信が自らの優秀さや類稀なる才能を誇る自己推薦文のような内容であったことを察するのは難くない。祖父の慰安という建前でドロドロの自意識を覆い隠す、その矮小さを赤面するには、ことは過去になりすぎてしまった。

孫はおそらく憐憫の情さえ手紙の上には載せていないと、祖父は見抜いていたのだろうか。幼い子供は自分のことを第一に考えて他人を顧みないのが普通だからと、諦観に基づいた優しさで、孫の虚ろな励ましを受け入れていたのだろうか。曖昧に褒める返信からは何も浮かんでこない。文面は文字列以上の情報を伝えない。手紙に添えられた小さな封筒には一万円札が一枚、折りたたまれ入っていた。

これは枷だな、と感じた。罪人が勝手に逃げ回るのを防ぐ枷。罪人に咎の記憶を刷りこませる枷。この枷の端がどこに繋がっているのか分からない。どこにも繋がっていない可能性だってある。死者に口は無い。あの日、無邪気にもうぬぼれに他人を巻き込んだ罪がぼくの自意識過剰なのか、それとも祖父の寛容さに洗われたのか、事実として明らかになることはない。それはつまり、ぼくを制御する枷として残り続けるということだ。

ぼくはその枷の証を、ただのモノとして捨てることを良しとしなかった。過去に対して冷徹なフリは出来ても、過去の罪悪感を積極的に忘れることができるほどに強い人間ではなかった。

 

けっきょく、本、マンガやゲームなど、市販のものを除き、ほぼ全部捨てた。自分固有の痕跡の残っているものは、最近つかっていたノート三四冊がのこり、あとは手紙などどうしても捨てられなかったものが小さな袋に詰め込まれた。ここでぼくまでいなくなると、それ以外はほんとうに購買記録・収集記録・鑑賞記録だけが残る。ここへ来て、モノ自体に意味はない、という呪文に逆襲される形になるとは思いもしなかった。

明日は明日の風が吹く、と人は言う。だから、昨日の風は昨日を越えれば二度と吹かない。こんな当たり前の事を一度立ち止まらずには気付けぬぼくは、まさに馬耳東風の代表格だろう。過去の依り代を深く顧みず、手放してからようやく懐かしむような人は、心地よい春風に気付かない馬のことを笑う身分にない。