墓の中

やりたいことはやりたくないことをやらないこと

白昼夢

十数時間寝た。ときおり何回か連絡を返したりしたという記憶はあって、それがいつだかぼんやりと溶けていく。昨日の夜、いつどのように蒲団にもぐりこんだのか、とか、何かやらないといけないことがあったような、とか、さっきみたはずの夢と同じように流れゆく。思い出すのを止めてから寝つづけるのが楽になった。生活に管理される睡眠を忘れた。何も知らない赤ん坊が毛布にくるまっている。その赤ん坊はぼくだ。

目が覚めた。明るくて思わず。睡眠の方も終点についたらしく、これ以上先は見えなかった。目が開いていた。携帯に新規のメッセージが入っているのを確認した。外が明るかった。部屋のつくり的に昼過ぎがいちばん明るく見える。青い空が見えて、何も思い出さない自分がしょぼくて切ないのに穏やかになる。空をもっと見るために、もう寝ることはあきらめて、外でなにか食べることにした。

そのまま部屋のある建物の外に出た。肌が心地よい寒風を受けた。冬は空が遠い。眼鏡を忘れた。寝るときに外してそのままどこか。裸の目には空がさらに遠かった。眼鏡のない方が、世界が邪魔なくそのまま見えるような気がして、ぼくには好きだった。遠くのものは見えないのに、あんなに遠い空だけはよく見える。空は青くなかった。空色だった。近くのマンションの色が変わっていたので、近付くと網がかかっていた。最近建ったばかりなのにもう改装するのでしょうか。最近っていつだ。

坂を下ることにした。下り坂は見える景色がひろがる。周りの建物は邪魔してくるけど、遠くの高いのがすこし見えて、空がすこし広くなる。ななめ下に歩きながらななめ上を見ていると、白を見つけた。白いのは空にあった。白と空が混じっていた。ぼうぜんとしながら坂を下りる。横断歩道の信号が赤だった。おじいさんかおばあさんが待っていた。めったに車の通らない横断歩道だからいつもは無視するのに、今日はその横で少し待つことにした。待ちながら空を見上げる。向かい側から人がキックボードに乗ってくる。肌が黄色ではなく、褐色だったので、外国人だと思った。すれ違うときに顔を一瞥すると、たしかに外国人の顔だった。空はまだ白い。

大通りに出ると、その向こう側に白が広がった。やはり白いのは空だったのだ。しかしどうして空が白いのだろうか。その広さが白をビルに隠れた太陽のしわざだと教えた。眩しくない日の光は眩しいのではなく、ただ白いのだと。冬に白いのは雪だけではない。ぼくは白夜を日本の昼に見た。なんだか納得してしまった。

ラーメン屋を覗いたら少し混んでいたので、通りすぎた。大通りを十数メートル進んで、もうこの先には何もないと正体の明かされた白い空を見てふと思い、引き返してラーメン屋に入った。大盛りにもやしをトッピングした。大盛りは大盛りで、途中で気分が悪くなった。ラーメン屋の外に出ると音とモノにあふれていた。魔法がとけたようにとつぜん現れたそれらは、最初からそこにあったはずのものだった。白は自身以外の全てを消し去ってくれていた。

帰り道に見える空は白ではなく空色だった。